アトミックノートという物がずっと分からないままでした。

ごりゅごさんの言葉を通じてその概念を知ってから、もう1年以上になります。「とにかくデイリーノートになんでも書く」ということだけは毎日続けてきたんですが、そこからノートを作るという次のステップが踏み出せずにいて。アトミックなノートってどんなもの?という問いに、自分なりの答えがずっと出せていませんでした。

今日、ちょっとした実験をしてみました。Claude CodeとCodexに今日のデイリーノートを読んでもらって、「アトミックなノートになりそうな項目ってある?」と聞いてみたんです。

うわ、めっちゃ面白い。こんな何てことないデイリーノートからボロボロと、アトミックなノートの元が出て来ました。ご近所のヤクルトのおばちゃんの話、漂白中のコーヒーサーバーをよく濯がずに使ってしまった話、Neovimのfzfとoilのファイル移動の使い分けの話。そんなものまで?というネタが次々出てきて、予想外でした。

せっかくなので1つノートを作ってみました。テーマはヤクルトのおばちゃんの話から。37年勤めて退職したおばちゃんが「じいちゃんばあちゃんが娘のように愚痴を聞いてくれた」と話してくれたんです。じいちゃんは家ではケンカも多くて、ばあちゃんをよく怒鳴りつけている人でした。でも外の人には、そんな一面があったんだなと。自分が見てきた姿と、ご近所の人が記憶していた姿は別物だった。そこから「ご近所付き合いは、家族の知らない一面を残してくれる」というノートができました。書いてみると「身近な人の印象は、家庭内で完結しない」という一文が芯になりました。

今回はほとんどCodexの文章になってしまいましたが、自分の経験の中からテーマを見つけてくるところまでは出来たかなと思っています。本文はまたレビューのときに書き換えてみようかな。

そこで気づいたのは、ブログ記事を書くときにもAIに候補を出してもらうやり方がうまくいっているように、「AIにはネタになりそうなものだけピックアップしてもらって、ノートとして書くのは自分」という棲み分けにすればいいのかも、ということ。いつかは補助輪なしでノートを作れるようになった方が記憶には残るんだろうけど、最初の一歩として支えありで書いてみるのも良いのかもしれないと思っています。

いかにもな教科書的なノートじゃなくて、こういう実際に自分で経験したことから何か得られるものはないかと考えてノートを作る感覚というか、なんかそれが良いなと感じました。

1個でちょっと疲れました。また明日やってみようかな。