1月25日、ごりゅごさんに「“5分だけやってみる”とか良いかもしれない」と言われました。
1年の始めに今年の目標ではなく、「今年のテーマ」を決めると良いよという話の流れです。

なるほどと思って意識してみたら、その日だけで筋トレ・音楽・テーマノートの発表が全部できました。「めっちゃいいな。ズバリな行動指針としてのテーマという感じ」とデイリーノートに書いていました。

「5分」は時間というより「ちょっとだけ」というイメージとして受け取りました。筋トレなら「1回だけでもやっとこう」とプッシュアップをしたら記録更新した。音楽なら「Liveを起動だけした」。デイリーノートとテーマノートの発表は「よし、できた。寝よう」と終われた。

自分の場合、ちょっとだけのつもりで手をつけると、どうせハマってやってしまうことが多いんです。だから「5分だけ」というのは自分によく合っていた気がします。

翌週以降も自然に使い続けていました。趣味に限らず仕事にも使えて、三男が寝てくれた隙間に「5分だけやるか」と思ったら終わっていた、という日が続きました。急ぎの案件も「5分だけやろうと思ったら結局終わってしまった」。

3月に『休養学』を読んでいたら「攻めの休養」という概念が出てきました。自分で意図して「ぼーっとする」のはOK、なんとなくダラダラするのは逆効果、という話です。「忙しい時こそ5分タイム」という感覚が、まさにこれと同じ構造だと気づきました。5分でも自分で決めてやるのが肝で、なんとなく流されてやるのとは全然違う。

「忙しいから出来ない」じゃなくて「忙しいからちょっとだけ」にしておく。言葉にすると単純だけど、行動指針として持っていると意外と違う気がしました。